感覚の目と実際の目

モノ作りだけに限らず何事も目だけに頼っていいては物事の実態は案外見えてきません。

例えば先日も話したように家具作りに関する木材の水分などは目では見えません、含水率を測る計測器などもありますが長年木をよく見ていれば密度、重さ、触感でおおかたの水分はわかるようになります。

こうした感覚はモノ作りにはとても重要でこの感覚の目とも言うべきモノを日々培っておく必要があります。
この感覚の目は本来誰もが生まれつき持っているように思いますが実際の目に映るものだけしか見ようとしない場合はこの感覚の目はどんどん失われていきます。

しかし昨今の流れとして見えないものを映像などを駆使して無理やり見えるようさせようと努力する傾向があります。
私はこの努力は向けるほこ先を勘違いしているように思います、映像などで見せるようにすればするほど実態を捉える人間本来の感覚の目は退化し想像力はなくなり、真実を捉えられない人間を増やすだけのように思います。

見える情報だけにに頼っていては実態を捉える能力を衰退させてしまい、結果物事の実態について見えないようになってしまいます。

カーナビなどはそのいい例で頼っていいては頭の中に地図を描けなくなると思います。
これは単に地図が頭に描けないだけにとどまらず、その他全ての想像力低下をまねきます。
確かに一部には便利な面もありますが失うモノを考えるとあまり得とは思えません。

最近、人と話をしていて感じることは時々、この感覚の目を閉じて実際の目だけで物事を話す人が多くなっています。
オーダーメイドで家具などを作る場合は完成後なら実際のモノを目にすることが出来ますが作る前は見ることが出来ません、デザイン図を駆使して説明に努めますが上手く理解できる人とそうでない人がいますそんな場合はとても苦労をします。
中には全く感覚の目を閉じて理解しようとしない方がたまにおられ説明を断念するケースもあります。

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記述者ー三谷正昭


1953年3月大阪生まれ
プロフィール
-好きなこと-
歩くこと、サイクリング、 仕事
-得意なこと-
壁面にピッタリの本棚作り
『岡山移転から